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【初雪を待ちながら】


 どんよりと空を覆った厚い曇のせいで、夜が明けるのがいつもより遅い。
 幸村はまだ深夜と呼んでもいい、テレビ番組が26時とかありえない時間を刻んで昨日を主張しているような時間からずっと起きていて、音を消したテレビからニュースが流れてくるのをただ待っている。
 朝の4時に一度だけ、トイレに行く振りをして非常口から外へ出た。
 真っ暗な空からは時折パラパラと小粒の雫が落ちてくるだけだ。濡れないように、踊り場が屋根になって雨を凌げる場所で携帯電話を開いた。
『おはよう。天気が悪いから朝練は室内かな?道場寒そうだから風邪ひくなよ』
 メールを送信してみたが、どうせ彼は----幸村の想い人はすぐに返事を寄越すような気質ではないと思い出したので、待たずに部屋に帰った。
 本当はいけないのだけれど、着信音をサイレントに設定して電源は切らずにおいた。幸村の部屋にも近隣の部屋にも携帯電話の電波で誤作動するような精密機器を使っている患者はいない。人に見つかると注意されるので少し面倒なだけだ。
 ついでに用を足してから、夜勤の疲れがピークの看護士が疲れた顔で仕事をしているナースステーションにおはようの挨拶をして部屋に戻る。
 たった一行の文章を打ち込んで送信しただけなのに、裸足にスリッパをつっかけただけの足はかかとから冷たくなっていた。
 それくらい今朝は寒かった。それもあるけれど、幸村は実感する。
 立つのも歩くのも不自由していないのに、指先は確かに以前のような短いリズムを刻めなくなっている。携帯電話の操作だとか、そういったところでじわじわと自分の身に起こっていることを実感させられるのだ。ほんの数行のメールを打ち込むのに、足元が冷たくなってしまうほど時間がかかるようになったのはいつからだろう。
 これからもっと、あちこち色々な所が動かなくなってゆくのかそれとも、徐々に戻ってくるのか、それは幸村にも医者にも分からなかった。
 ベッドに腰掛けて、ぽいとスリッパを脱ぎ捨てて布団に潜り込んだ。
 手にしていた携帯を枕の下に隠して、またテレビをつける。朝のニュースは関東地方の天気一色だ。

 今日は初雪が降る日。
 皆が、初雪が降るよとざわめいている日。

 布団の中で丸くなって膝を抱えた。

(俺、今日雪が降ったら真田に告白するんだ)

 もし、雨が雪にかわらなかったら、この気持ちは死ぬまで胸の内に隠しておこう。
 なんとなくそんな賭けをしてみたい気分になったのだ。
 できればどうか、どうか雪が降りますように、と祈ってしまう。
 いつまでもこんな気持ちを抱えていたくない。どこかで気持ちに区切りをつけたい。
 そんなふうに思い始めた矢先の天気予報だった。


 部屋の明かりはまだつけていないので、真っ暗な中にテレビの画面だけがちかちかと光っている。ニュースは一旦天気を離れ、世界の経済と日本の不況についての話題になったので幸村はチャンネルを換えた。
(……あ)
 枕とシーツの隙間から、ぴかぴかと光が漏れている。
(メールだ!)
 テレビのリモコンを放り出して枕の下を探った。
 メールの受信を知らせる青いランプの点滅。
『たんれんすれば風などひかない』
 改行どころか句読点もない。「風」はたぶん「風邪」の誤変換だろう。
「メールでもかたっくるしいなあ、おまえ」
 文句を言いつつ、返事をもらえたことが嬉しくて。たった十数文字の言葉を何度も何度も読み返してしまう。
 と、ディスプレイの画面が切り替わった。
『メール受信中』
(え)
 そして再び青いランプが点滅する。ディスプレイの右上に小さな新着メールのアイコンが追加される。
『おはよう』
 今度は4文字だった。
 幸村が送ったメールに、苦心しながら言いたいことを考えて打ち込んで返信したあとで朝の挨拶をしていなかったことに気付いたのだと容易に想像ができた。
(こういうとこ、すごい、萌える)
 バカみたいにまじめで律儀な真田が、幸村は大好きだった。
 だから、告白しようと心に決めたのだ。
 かなうはずのない初恋の結末を、真っ白な雪で塗り替えてしまえると思ったから。


 夜はまだ明けない。
 初雪を待ちながら、ひらがな4文字が刻まれた携帯電話のディスプレイに幸村はそっとくちづけた。







ケータイ小説がブームです。
ちなみにこの日結局雪はふりませんでした。
べったり両想いも萌えますが、お互い片想い同士も萌えます。
(20090109)



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