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【風の辿り着く場所】


「じゃあ、俺、そろそろ帰るね」
「ああ」
 幸村は名残惜しそうに、ほとんど真田にぴったりくっつく距離で座っていたソファから立ち上がった。
「次に会えるのはいつだっけ。来年? あれ、それとも来月かな」
「さあな。俺はそういうのは詳しくないからわからん。後で調べておく」
「知らなかったんだ。じゃあ俺が来たときびっくりした?」
 いたずらっこのような表情で幸村は笑う。
「ああ。だってお前が帰る場所はここではないだろう」
 幸村の『家』は、幸村の家にあるのだから。
「何バカなこと言ってるのさ。俺が帰ってくる場所なんて、真田のところ以外にどこにもないだろ。引っ越しするときはちゃんと報告しろよ、来年俺が迷子にならないように」
「毎月行っているじゃないか。11日に」
「うん。待ってる。来月の11日も、あそこで」
 じゃあまたね、といって最後に幸村は真田の手を握った。

 幸村の。
 家族はどんな気持ちなのだろう。




『最後は、“家族”だけでお別れをさせてもらえませんか』
 いきなり、幸村の母親に、そう切り出された。
『精市は、親戚には、遠くの病院に入院しているのだと説明していて、貴方と----男の人と暮らしていたことは、誰も知らないんです。この3年間、精市とずっと一緒だった貴方には申し訳ないと思っています。精市が幸せに暮らしていたことに感謝しています。でも、ずっと精市と一緒にいられなかった私達家族の気持ちを汲んで、これからお別れまでは、家族水入らずで過ごさせてもらえませんか』
 真田は何も言えなかった。
 今まで、わがままを通してきたのは自分の方だったのだから。
 最後の最後まで一緒にいたいという気持ちはない訳ではないのだけれど、これまで真田の望みと幸村の願いを黙って聞いてくれていた幸村の家族だったから、もう何も言うことはできなかったのだ。
『今日まで黙って見守ってくださったおじさま、おばさまに感謝します。幸村を、お返しします』
 それだけ言って、最後に幸村の寝顔を見てから、真田はその場を去った。




「真田のこと勘当した、真田のおじさんとおばさんもひどいと思ってたけど、結局うちの家族も同じ気持ちだったって事なんだよなあ。あれ、ホントひどかったと思うよ」
「だからといって、お盆に実家に帰省しないのもどうかと思うぞ」
 8月の真ん中。世の中は帰省ラッシュである。
 幸村と暮らすことを決めて実家から勘当された真田は、当然帰省などという行事は選択肢になく、のんびりと気ままにお盆休みを過ごそうと決めていた。
 最初の日の夕方、陽がかたむきかけた時間になってから、庭の雑草を片付けてしまおうと、作業のために蚊取り線香に灯をつけた直後に幸村はやってきた。
「ただいま」
 3ヶ月ぶりの再会だった。
 真田は、わりと現実主義なほうだったけれど、何もかも通り越して一瞬で全部を理解した。
「……おかえり……」
 そのまま、ゆだるような暑さの残る庭先で、人目も気にせず幸村を抱きしめた。
 誰かが家の前を通るかもしれない、とか、そんなことを考える余裕などなかった。
 それから3日間、予定も全部キャンセルして真田は幸村とふたりだけの時間を過ごした。本当に久しぶりのことだった。
 色々なことを話した。
 真田が幸村を、家族のもとへ帰してからのこと。最後の時、大勢の友達、中学時代の同級生が見送りに来たこと、でも真田だけ来なかったこと。その理由。
「内縁の夫です、家族です、みたいな顔をしてご親族と並んで座りたかった訳じゃないんだ。ただ、最後にあんな形で拒絶の気持ちを示されてしまったら、ただの友達の1人としてのこのこと顔を出すのもお互い気まずいだろうと思ったのだ」
「だから言ったじゃないか。もういっそ養子縁組とかして法的に家族になっちゃおうって。もうちょっとだけ余力があったらそこまでこぎつけてから逝けたのになあ」
「それこそ幸村のご家族の面子にかかわる問題になるだろう。これでいいんだ。今までもそれでやってきたし、これからもそうすればいい」
「うん、だから俺はこれからも『ここ』に帰ってくるよ。真田はもしかしたら引っ越しちゃうかもしれないけれど、真田が住んでいる家に、帰ってくるよ」
 幸村の家では、きっと、あれこれと準備をして、飾りやごちそうを用意して、家族皆で息子の初めての帰省を心待ちにしていたはずだ。
 けれど幸村はそんなものに何一つ見向きもせず、まっすぐ真田のところへ帰ってきた。何も迷いはなかった。
「ああ。待っている。ずっとずっと、待っている」


「……もしも」
 玄関で、幸村が、向こうを向いたまま、真田に顔を見せないで、言った。
「もしも真田に新しい恋人ができたら、1度だけ報告に来てね。そしたら、もう来ないでいいからね。俺も、来ないから」
 その表情は真田には見えなかったけれど、きっと泣きそうな顔をしているに違いないとわかっていたから、真田は後ろから幸村の身体に腕を回す。
「俺はそんなに器用ではないから、きっともう、こんなに誰かを好きになるなんてできないと思う」
 幸村は小さく首を振った。
「自分の存在が、真田の将来の幸せの足を引っ張るのはイヤなんだ」
 だから真田は腕に力をこめる。
「将来? 来年も再来年も、お前は俺の所に帰ってくるのだろう。それが未来だ」




 またしばらく会えないから、最後は笑ってお別れしよう、と幸村は言った。じゃあね、といって、触れるだけのくちづけをして、まるで近所のコンビニにでかけるかのようにあっさりと玄関から出ていった。あっというまで、追いかけようとした真田の目の前でドアが閉まる。
 あっ、と思って扉を開けると、幸村の姿はもうどこにもなかった。

 夢か、幻のような3日間。


 それから真田は、幸村が好きだったアロマキャンドルを思い出した。あれの明かりと香りの中で、彼を抱いた夜が何度もあった。胸が疼くたくさんの思い出は、かなしい筈なのにそれが悲しいだけのものではないことを真田に教えるために、幸村はここへ来たのだ、きっと。
 一度部屋に探しに行ったあと、再び玄関先に戻って、それにあかりをともした。
 送り火のかわりに。







言い訳は「NEWS」の20080816記事にたっぷり書いてあります。
一生懸命ぽちぽち書いてるあの話の未来には、繋がらないです。
(20080816)



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