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【 あのクマ。】


 2日ぶりに病室に顔を出すと、幸村の様子は下り一直線だった。
 体調、というより精神的に。
 真田の顔を見るなり、挨拶もそこそこに他愛も無いことを言い出す。
「ここは北極なんだ」
「……それはまた……」
 唐突だな、と言おうとして、言葉を飲み込んだ。
 こんなふうに始まる会話に真田はもう慣れている。
「どのような経緯でそう悟りを開いたのか聞かせてくれないか」
「うん、気付いたんだ。ここは、一面真っ白な部屋。雪と氷の世界でまるで北極のようだってね」
「……」
「息も涙も凍る。俺はきっと孤独なホッキョクグマだ。吹雪を越えて誰かあたためてくれる相手に出会えるのを待っているだけの」
 ふるり、と小さく身を震わせると、肩に掛けられていたカーデガンを羽織りなおす。
「まっしろな、世界」
 眼差しはうつろだった。窓の外には透き通った高い高い冬の青空。高台にある病院から見下ろした街並みも今は目に入らない。
 こんなふうに彼が、自分独りだけの世界に入り込んでしまうのはもう日常だった。
 そして真田はまだ、どんなに想ってもすべてのかなしみから彼を救う術を知らない14歳の子供だ。
 無力な自分のはがゆい気持ちが、ズボンのポケットに突っ込んだ手を固くさせた。
 その指先に、小さく冷たく固い希望をみつけた。
 ひょいと取り出してみる。
 練習後の帰り道病院に寄るという真田に、赤也が「部長に渡してください」といって預けたガラクタだった。
「これを、赤也が…お前にと」
 黒と灰色の体に黄色いくちばし、ペンギンの子供の模型だ。
 赤也がその時飲んでいたドリンクのおまけについてきたものだという。赤也なりに何か幸村への手みやげになるものはないかと、考えた結果なのだろう。
「なにこれ、ぶっさいく」
 受け取って幸村は手のひらの上のそれを眺めてやっと笑う。
 頭に丸い耳がついている。クマの形をしたペンギンなのか、ペンギンに塗装されたクマなのか。
 確かにそれはちょっと滑稽なななりをしていた。
「どうせ氷と雪の世界なら南極にしないか。きっとペンギンがたくさんいて賑やかだぞ」
「…いっぴきだけじゃないか」
 どうやら幸村はそれを気に入ったようだ。
「またみつけたら買ってこよう」
「……」
「どうした?」
「いや、うん。見つけたら、ね」
 幸村は、それが入っていたビニール袋を手の中でごそごそしながら、にこりと笑った。
 すこしだけ嫌な予感がした。




「部長、アレきにいってくれたんスか!?」
 翌日、朝練で顔を合わせると、真っ先に真田は赤也に昨日の事を報告した。
「ああ。病室でペンギンの群れを飼うと張り切っているぞ。俺も少しならば協力しよう。アレはどこで買ったのだ」
 赤也はびっくりしたような顔で、それからちょっとだけきまずそうに答える。
「アレは、ジュースのおまけなんです。1本買うと1コついてきて、全部で12種類」
「12種類もあるのか!」
「えっと、ペンギンだけじゃないっす、クマとか、黒服とか、いろいろあって。とりあえず外から見て選べますけど」
「ジュースか、赤也が昨日飲んでいたアレだな」
「そうっス。正門でたところにあるコンビニで売ってます、まだ、いっぱい……たぶん」
 カバンをロッカーにしまって、着替えるために服を脱ぎながら真田に説明する赤也は、どうも乗り気ではないようだ。
「なーなー、赤也が言ってるソレって、これだろ」
 横から口を出してきたのは、部内一のフード通、丸井だった。
 カバンから取り出したペットボトルは、黒くて甘い炭酸の飲み物のラベルに、ちょこんとクマがぶらさがっていた。




 それからしばらく、朝も帰りも大きい(テニスの道具が入った)カバンを持った生徒がドリンクの棚の前でオマケをあれこれと選んで買っていく姿を毎日みかけるようになった。
 用があるのはクマだけなので、持って帰って荷物になるのが面倒で店の前で飲んでしまおうと、たむろする結果になる。
 困った店長がひとこと注意を、と声をかけた時にたまたまそこにいたのが、コーラなんて飲んだこともないし出来れば飲みたくもないと渋い顔をしている真田だった。
 さすがに制服姿なのでいくら真田といえど学校の正門前にあるコンビニの店長にすら顧問に間違えられたなどということはなかったが、馬鹿正直な真田は友人の「ペンギンの群れ」の話をしたところ、立海の生徒を支え続けて何十年、の店長は、棚から在庫から全部開けて、ペンギンのそれだけを選んで渡してくれた。


 幸村のベッド脇のテーブルの上には、灰色のクマのようでクマでない、ペンギンのようでペンギンでないアレが文字通り山積みになっていた。


「まるでこの部屋は動物園のようですね」
 ある日、回診にやってきた医師が言った。
「南極みたいでにぎやかですよ」
「誰がこんなに集めたんですか?」
 入院患者が、あの黒くて甘い炭酸飲料をひとりでこれだけ飲んだのだとしたらちょっといただけない。
 幸村はご機嫌で答える。
「コウテイペンギンのボスが頑張ってくれました」







相変わらず幸村入院中。
時間的に言うと2008年末〜2009年初めくらい?
コンビニで売っているペプシコーラにベアブリックがおまけでついてくる頃。
(20090107)



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