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【ねじれの位置】 「愚か者だと思うだろう、蓮二」 弦一郎は肩に、学校の教科書やらまで入った重いテニスバッグを担ぎながら言った。 「俺はまだ何も言っていない」 「言われなくても解る。何年付き合っているんだ」 「ならば言われなくても解るだろう、俺は何とも思っていないよ、弦一郎」 部員の姿の消えた部室で。副部長と、肩書きはないが実質参謀役の二人。 これから弦一郎は小走りで駅へ向かう。部活の終わる頃、下り方面の病院行き最終バスはかなり早い時間なので、余裕がないのだ。 バスを逃して病院まで走る位の体力はあるが、今度は面会時間を過ぎてしまう。 部員達を全員帰らせ、今日の報告をまとめるのは弦一郎。 顧問に部誌を届けに行くのは俺。いつのまにかそうなっていた。 「時間がないんだろう。早く行ってやれ」 「ああ。……今日も会えるかわからないがな」 5日前。 いつもならば朝一番で部室の鍵を開けている弦一郎が、珍しく練習開始の集合時間ギリギリに登校してきた。 部長と副部長が持つはずの部室のキーは順繰りに精市から弦一郎へ、弦一郎から俺へ廻されていて、空いていない部室の外で待っていた柳生や他数名、そして後からやってきた部員全員外で着替えという難を逃れた訳だ。 遅れてやってきた弦一郎は、集合の時に「すまなかった」とだけ言うと、あとは淡々と準備運動、柔軟体操、ランニング……といつもの練習メニューを続けた。 俺が弦一郎をつかまえたのは、昼休みの屋上だった。 精市が倒れる前までは、よくここで3人ないし、もっとたくさんのメンバーで弁当や購買のパンを食べながら談笑したものだ。そう、こんな天気のいい日に俺達は。 「弦一郎」 「……蓮二か」 「昼食はもう食べたのか」 「ああ。4限が早く終わったので学食がまだ空いていた」 「それで、何があったんだ」 「A定食を食べて、混み合う前に食堂を出て、暇だったので時間を潰していた」 「そうじゃない」 「では何だ」 「何があったんだ」 淡々と問いつめる。聞かなくても解る。長い付き合いだ。 「精市のことだろう」 「……」 「顔に書いてある」 地球が割れても眉一つ動かさないような弦一郎にこんな顔をさせられるのは、弦一郎にとって地球より重い精市の命のこと以外にないだろう。 「わざわざ触れ回ることではないが、蓮二に隠す必要もない。見舞いに行けば解る」 見舞いなど。 俺は精市の見舞いにはほとんど行かない。独りでは絶対に行かない。 理由はある。 弦一郎には言わない理由が。 最後に精市のところへ行ったのは3週間前、赤也と一緒だった。 「家族以外は面会謝絶だった」 いつもの部屋の、ドアが閉ざされ、入り口に赤いプレートが下げられていた。 「ナースステーションで話を聞いて帰ってきた。心配はない。今日も行ってみる」 「難病だが、普通に治療さえしていれば治らないものでも生命にかかわるものでもない。心配はないだろう」 「同じ事を看護士にも言われた。先週の検査で少しひっかかる点がみつかって、念のために安静にして様子見、ということらしい」 「そうか」 「今日も帰りに寄ってみるつもりだ。いつも済まない」 「俺は職員室へ寄るくらい何の手間だとも思っていないよ。ただ」 「?」 「心配だな」 「幸村なら、大丈夫だと……」 お前がだよ、弦一郎。 病院で、身体の中の血管から神経にいたるまで全て管理されている精市と違ってお前は誰からもお前自身をコントロールされていないから。 弦一郎を導けるたったひとりのそのひとは、白い部屋の中でチューブに繋がれたまま。 俺は。 「今日は、会えるといいな」 「ああ」 それしか、言えない。 あれから、5日。 弦一郎は毎日、練習の後に、最終バスに乗って病院へ向かう。 今日こそは、赤いプレートに白文字で書かれた「面会謝絶」がなくなっているようにと祈りながら。 そして毎日、ドアだけを眺めて帰って来る。 壁一枚向こう、数メートル先には精市がいるのに、顔を見ることもかなわないまま。 そして6日目、弦一郎が弱音をつぶやいた。 「愚か者だと思うだろう、蓮二」 ああ、お前は愚かだ、莫迦だ、阿呆だ。 会えないと相手に何を求めてそこへ通う? 今日こそはという淡い希望か? それとも、ただ近くへ行きたいだけなのか? 「精市が目を醒ましたら、俺は言うだろう。弦一郎は、会えない間も毎日毎日、病院へ通っていたんだぞ、と」 「そんな事は別に言わなくてもいい」 「俺が言いたいんだよ。弦一郎」 弦一郎が大切にしているものは。 会えるとか会えないとかそういうものではなくて、ただ会いにいったかいかなかったか。それだけなのだ。 会えたかどうかの結果など必要ない。 そして精市は笑うのだ。 会えなかった日々も、すぐ側まで来てくれていた弦一郎へ。 それが二人のつながり、絆。そして、ふたりでみつけたふたりだけの幸福。 一番愚かなのは自分。 何の感傷もなく、無駄に時間を浪費する弦一郎や弦一郎を振り回す精市を不幸だとか幸福だとかそんなスクリーンの中の絵空事のように眺めている自分。 「今日こそ、精市に会えるといいな」 「ああ。……悪いが、あとは頼む」 部室のドアを閉めた途端、小走りになって遠ざかる足音。 精市の持っている幸せと俺の持っている幸せはベクトルが違っていて、そしてそれは交わることはないのだ。永遠に。 精市、精市、精市。早くそこから出て来い。 もう一度はじめからやりなおせるなら、コートという2次元の平面の上で今度はきっとみつけてみせるから。 存在理由という名前の幸福点を。 4/21の日記より。 つづきものなのかつづきものでないのか曖昧ですが とりあえずなんか暗くなってきましたよー……。 (20040421) back |